日本の医療 只今創造期
医学博士 黒木 聡三
先日、大西会長より
「日本の医学のレベルや現状、医薬品を含め問題点や課題など、
専門家としての立場から、
自らの思いをこのコーナーでフリーに発言しませんか?」
との提案を受けた。
ノッケから舞台裏のぶっちゃけ話である(笑)
かつて野球部に所属していたからか(ただし下手)、
投げられたボールは基本、受け取るか、打ち返すことを
身上としている私だが、今回ばかりは正直”見逃し”も考えた。
まず第一にテーマがでか過ぎる。
しかもわが身には、とても荷が重過ぎる。
第二にそもそも専門家ではない(笑)。
医療問題を総論的に語るに値するのは、
本来、大学・省庁等にいる社会医学の専門家、
あるいは医療ジャーナリストといった方々だろう。
私はほんのちょっと医学を学んだだけの
まだまだひよっ子で社会還元もこれからの身である。
しかし、
しかしである。
フリーに発言するというのなら・・・
そればっかりは得意分野である。
基本的に考える前に話す・書くを信条とするわたし♪
以下、日本国憲法第21条第1項にある「表現の自由」を
後ろ盾に(笑)、浅学ながらに思う医療の今についての私見を述べる。
「医療崩壊」「医師不足」などのキーワードをもって現代医療が
語られるようになってすでに久しい。私が大学受験生だった
1990年代においては「これからは医者余りの時代がくる」などと
進路指導の先生方が叫ばれていたのを思い出すとなんとも感慨深い。
(それだけ未来予測は難しい。)
さて、先のキーワードに基づく医療問題が声高に語られるようになったのは
間違いなく2004年の臨床研修制度義務化以降だろう。
もちろん、それ以前の研修制度にたくさんの問題があったからこその
義務化であり、それ自体の意義は今更いうまでもない。
そう考えると今メディアを賑わす各種医療問題一端は、その制度変更の
副産物のようなものだ。例えば、キーワード「医師不足」の本質は、
医師の偏在、つまり、都市部への医師の集中、地域・僻地における医師の絶対的不足である。これまでは、いわゆる各都道府県の医学部の各医局が、
地域・僻地に医師を定期的に配置することで需要と供給をまかなってきた。
研修病院のいわば”自由化”後、その肝心の医局に人材が集中しなくなったため、
当然、地方・僻地への人材が足りなくなっている。
これは確かに大問題なのであるが、そうした今、地域は、どうすれば
良質の医療従事者を確保できるか真剣に考えて始めている。
もちろん、これまでも考えてきたことではあると思うのだが、
そうは言っても、ある程度の数は医局が本人の意思とは関わらず、
ある種、強制的に供給してきた手前、”それなりの状況”を確保できてきたと思う。
それが今や、診療科閉鎖、果ては、病院自体、閉鎖にまで追いやられる所も出てきて、どうすれば、そうした事態を避けられるかどこも真剣に対策を考え始めている。
言わば、郵政民営化ならぬ医療民営化である。
郵政同様、その”民営化”の流れには賛否両論あるとは思うが、
強制ではなく、魅力的病院には魅力的人材集まるという根本原理が働くという意味で、病院同士が切磋琢磨を繰り返し、医療界全体の質の向上に繋がる側面はあるだろう。
また、医局の人事権の大きな変動で、これまでは出身大学で、かなり生涯の
医療人人生が決まっていた面があるが([医療界の学歴社会]、もちろん、例外も無数にある)、より自由度が上がったことで、人材の流動性も高まり、
医療界特有の、あの白い巨塔的な封建的社会にも新しい風が吹いてきているように思う。
そう考えると、今の「医療崩壊」は、ある種、
新しい医療制度確立の過渡期、創造の為の一時的崩壊なのかもしれない。
もちろん、こんな言い回しでこのテーマを終わらすのは、
「医療崩壊待ったなし」の現状において、あまりに無責任と思う読者もおられるかもしれないが、そう思いつつも、こんな駄文を読んでいるあなたは、きっと楽天家で、
そんな深刻な未来が来るはずがないと考える私と同類の人種であるはずだ ^^/
参考)
がんばっている地域医療の現状を伝える
とある医科大学の「地域こそが最先端!」なるブログ
さて、医療経済というか、医療費の話題も少し。
よく、日本の医療費は高いという。
確かに、2006年ベースで軽く30兆円を超えている。
額面だけを見ると、国家税収のほぼ50%に当たるようなとんでもない金額である。
しかし、
しかしである。
論より証拠。
母校の大先輩が製作している
社会の実情をデータでまとめたこんなサイトがある。
社会実情データ図鑑
そう。
実は、日本の医療費はGDP比で先進国中でも最下位なのである。
その一方で、人類史上未だ誰も経験したことないレベルで
高齢化が進んでいる我等が祖国日本。
より正確な用語でいえば、
世界唯一の超高齢社会(65歳以上の人口21%以上)の日本。
2005年以降、少子化には若干の歯止めがかかっているものの、
なんと45年後の2055年には65歳以上の人口が約40%になるとの
予測もある。
言うまでもなく、高齢者にかかる医療費は、
それより若い人々とは比較にならない。
そんな高齢者の多い日本が、GDP比で最下位レベルの医療費なのだ。
医療従事者(ここでは外科系)の言葉をかりれば、
これこそが医療崩壊の根源だという。
日本の医療費について
その一方で、上記サイトにもあるように、
実は日本の医療の国際評価は世界第一位(健康達成度評価)。
がんばっているんです、日本の医療界!
「3時間待ちの3分診療」
「パターナリズム(受診者に指図するような姿勢)」
と揶揄されたのも今や昔(未だ完全とは言わないが…)、
これだけ情報革命が進んだ現代において、
情報格差や権威を傘にした医療人などやっていけない。
むしろ、医療の現状を知らない
心身ともに健康な人々(当然、医療の現場を見る機会などない)ほど、
古いステレオタイプの医療イメージを持っているものかもしれない。
先の事業仕分けでも、一時的とはいえ、
漢方の保険適用がはずされそうになった時には、
あまりの医療の現状との格差に
開いた口が塞がらなかった医療従事者も多いはず。
そう考えると、
もっと医療界の現状を知ってもらうためにも、
医療従事者側からの情報発信が必要なのかもしれない。
(といっても、発信するだけの時間がない医療人も多いはず ^^;)
もちろん、この他にも医療界の抱える問題はたくさんあると思う。
・先端医療と緩和医療とのバランスについて(詳細割愛)。
・予防医学
医学において、社会医学に分類される予防医学なる領域もあるが、
本質的意味での予防医学(健康科学)も
臨床医学を中心とした医療界から発信されることはないだろう。
(医療を必要としないことこそが本来の予防だから(詳細割愛))
・統合医療
もともと和洋折衷という言葉通り、
日本文化に西洋文化を取り入れることは得意とする日本人だが、
所謂正統西洋医学以外にも世界にはもっと多様な医療がある。
たとえば、アーユルベーダ(インド)やユナニ(アラブ・イスラム)、
ホメオパシー、オステオパシー、アロマテラピーなどなど・・・
そういった文化もどんどん取り入れ、
これまで世界のTOYOTAがそうしてきたように
理工系の科学技術のみならずヒューマンソフトとしての医療技術を輸出するような
そんな日本の医療の、世界への発信スタイルもあるのかもしれない。
(ビジネスと医療を同一視することへの問題は孕みつつも)
最後に、先日視察もかねてアフリカ・ウガンダに行ってきたが、
生命の危機を意識して蚊を恐れなくていい日本の夏、
寄生虫の脅威を感ずることなく足を冷やせる日本の河川、
都市を移動するごとにライフルを持った人に制止されない日本の治安、
そのすべてに、先人たちの血と涙と汗を見る。
日本人はもっと日本のことを誇りに思っていい。
すべてに感謝しつつ。
2010.6.6(学位取得から丁度4年)
まだまだひよっ子
医療学徒 黒木聡三
