鳩山内閣の崩壊とその背景
投稿日:2010年06月05日
昨年9月16日の発足からわずか266日、国民の大いなる期待とともに発足した鳩山連立内閣は、果たして、細川政権(263日)と同じく約8ヶ月半の短命でその幕を閉じることになりました。
あらためて申し上げるまでもなく、小鳩体制の土台を揺るがす契機となった “政治と金” の問題も、やはり細川首相(当時)の佐川急便グループからの借入金処理問題に端を発した辞任劇と酷似しています。
この間、「小沢 vs 検察」に関する数多の情報を精査するなかで、わが国で展開されているこの権力闘争の本質的な構図について、先日ご紹介したばかりの佐藤優氏の「国家の自縛」文庫版がもっとも分かりやすく、かつその本質を射抜いていると思われますので、前回に引き続いての引用で申し訳ありませんが、以下、その一部をご紹介するとともに、ぜひ本書を手にとってご一読されることをお勧めいたします。
2010年6月5日
志信会 会長 大西信弥
本件について私は、総選挙で民主党が三百八議席を獲得し、政権交代が起きた結果、「誰が日本国家を支配するか」をめぐって起きている権力闘争と見ている。一般の国民の利害とは関係のない「あの人たち」の権力闘争だ。
私自身、外務官僚だったので、官僚の内在的論理はだいたいわかる。官僚は口には出さないが、前に述べたように、一般国民は無知蒙昧な有象無象と考えている。そして、国家を支配するのは国家公務員試験、司法試験などの難しい資格試験に合格したエリートであることが当然であることはもとより、結果としてもそのほうが、一般国民にとって幸せであると考えている。もっとも公務員試験や司法試験に合格するために特別の才能は必要とされていない。基本書に書かれている内容を正確に記憶し(必ずしも理解する必要はない)、限られた時間内に筆記試験で再現する能力があれば、これらの試験には合格する。小学校高学年か中学校の間に、机に向かって集中して勉強する習慣がついている人にとって、この類の試験に合格することは、それほど難しくない。
これに対して、民主党は、国家を支配するのは国民により選挙された国会議員であるべきと考える。これまでの自民党体制においても、選挙された国会議員によって組織された内閣がテクノクラートである官僚を使うということが建前とされていた。実際には、大臣、副大臣、政務官は、役所の内部事項には干渉しない。とくに課長級以下の人事については容赦しないというのが不文律となっていた。局長以上の幹部人事については、内閣の了解を得ることとされているので、総理、官房長官、官房副長官が人事を承認しないという形で、意思表示をすることができた。もっともそのような事態を避けるために、官僚の側は局長以上の人事に関しては、政治家から横やりが入らないように、事前によく根回しをしていた。
永田町に「俺は聞いていない」という業界用語がある。日常言語に翻訳すると「事前の根回しを受けていないので、この予算や人事を認めない」という意味だ。裏返して言うならば、事前の根回しさえしておけば、政治家は官僚の意見をほとんど呑み込んでくれる。政治家と官僚の間で、お互いにどの程度、譲歩するかについては、目に見えない線がある。有力政治家には、役所は大きく譲歩する。それを「貸し」にして、政治的支援を得るのである。
作家の立花隆氏が<明治期、大日本帝国憲法において、天皇と官僚は直接結びついていました。それに対して、憲法上、政治にはそれほど大きな役割が与えられていなかった。天皇にすべての主権があって、天皇に直結する官僚が国を動かすシステムだったんです。だから、政治家は自分たちが政治を動かしているという幻想を持っていますが、実際にはずーっと官僚が国家運営を切り回していた。これは日本の政治の基本構造で、戦後も実態としては変わっていない。>(立花隆/佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方―必読の教養書400冊』文春新書、二〇〇九年、一六三貢)と指摘する状況を、鳩山民主党政権は本格的に変えようとしている。
鳩山政権は、まず事務次官会議を廃止した。仙石由人・国家戦略担当大臣兼行政刷新担当大臣は、事務次官のポストを廃止すると公言した。結局、事務次官ポストは廃止しないが、局長と同じ扱いにし、事務次官から局長への異動を可能にした。事務次官が官僚ヒエラルキーの頂点ではない状態をつくりだすことで、民主党が各省庁の司令塔を官僚から奪い取ろうとしている。また事業仕分けでは、官僚をマスメディアの前でさらし者にした。そのことによって、国家を支配するのが政治家であることを官僚に皮膚感覚で教えたのだ。
さらに国会で内閣法制局長官、外務省国際法局長が参考人として答弁することができなくなった。これは小沢幹事長の意向が反映したものと受け止められている。内閣法制局長官の答弁を禁止することにより、政治家が憲法の有権的解釈を行うことができるようになる。たとえば、集団自衛権の行使も憲法解釈の変更によって可能になる。この点に関しては、マスメディアや有識者の関心も高く、さまざまな議論がなされている。他方、外務省国際法局長(旧条約局長)の答弁を禁止することが与える影響については、ほとんど誰も問題にしていない。日米同盟は、戦後日本の国家体制の基本である。少し時代がかった表現をするならば、天皇主権の国体が、戦後は日米同盟を基本とする国体に変化したのである。条約の有権的解釈を行うことは外務省の専管事項だ。これまで国会の答弁でも、条約や協定については、内閣法制局長官ではなく外務省国際法局長が行っていた。これを鳩山政権下では、政治家に委ねることになる。
日米安保条約という戦後日本の国体を護持する役割が、政治家に移行することに対する不安を通り越した形而上的恐れを官僚はもっている。官僚からすると、能力がないにもかかわらず、権力欲が強いだけの政治家による国家権力の簒奪のように見えるのだ。
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